「自己信託」とは、財産を実質的に贈与しながら、管理・処分の権限はもとの所有者が持ち続けられる方法で、相続・事業承継対策の手段として活用されています。
そこで今回は、自己信託を活用した相続・事業承継対策について簡単に紹介します。
「自己信託」を活用した贈与の新形態
自己信託は、一言でいうと「生前贈与+信託による財産管理」を一つにまとめた施策と言うことができます。
所有者(典型的なイメージは50~70歳代の親世代)が子・孫に生前贈与をするが、贈与された側(受贈者)は、その財産の管理が上手にできない、あるいは贈与する側が受贈者にはまだ財産の管理や処分を任せたくないと考えているケースに使える施策です。
つまり、生前贈与で一旦財産を子や孫に財産を渡しておきながら、その財産の管理・処分権限を引き続き贈与者たる親側で確保しておきたい場合において、「贈与契約」と併せて「子・孫から親に対する信託契約」を交わすという工程を一つの手続きでできてしまうイメージです。
法律的な構成を簡単に説明しますと、所有者たる親が「委託者兼受託者」となり、財産をもらう子や孫が「受益者」になります。
「信託財産=受益者の実質的財産」となりますので、実質的には財産が子や孫に移転したことになりますが、管理・処分権限は、引き続き「受託者」となった親が握り続けることができるということです。
自己信託は、税務的には“みなし贈与”として贈与税の課税対象になりますが、贈与契約と違って、所有者たる親側単独でこの手続きが実行できますので、受贈者側の協力も受贈の意思表示も不要となります。
つまり、受贈者側に契約能力が無いケース、例えば重度認知症の配偶者や障害のある子、まだ未就学の孫などに財産を渡したい場合には、良策となり得ます。
自社株の「自己信託」は贈与しつつも経営権を確保できる画期的な施策
自己信託を効果的に活用できる場面をご紹介します。
それは、会社経営における相続税対策・事業承継対策の場面です。
自社株式を株価が低いタイミングで後継者に生前贈与することは、相続税対策・事業承継対策の常套手段と言えます。
しかし、株式は、それ自体金銭的な価値として評価できる財産であることに加え、会社の経営権(会社経営における意思決定の権限)が誰にあるかを実質的に表すものになります。
したがいまして、現社長兼大株主である父親が、自社株式を普通に後継者たる子に贈与し、その子に発行済み株式の過半数以上の株式が移転してしまうと、会社の経営権も後継者に移ってしまい、現社長は理論上“雇われ社長”として、いつでも更迭され得る立場になりますし、会社経営に関する決定権は過半数の株式を有する子が掌握してしまうことになります。
そこで、自社株式を信託財産とする自己信託を活用することで、後継者に自社株式を実質的に贈与しつつ、引き続き経営権を現社長たる親が確保することができます。
もちろん、自己信託を実行した時点で贈与税の課税対象になりますので、信託財産たる自社株式の株価評価は、非常に重要です。
株価評価が高い企業においては、株価対策を実行して株価を下げたタイミングで、自社株式の自己信託を実行するのがベターと言えます。
自社株式を生前贈与することで経営権を手放さざるを得ないために、事業承継対策・相続税対策の実行に二の足を踏んでいる中小企業の社長兼大株主の方にとっては、自己信託は、円滑な事業承継の実現に向けた大変有効な施策の一つになると考えらえます。
以上、今回は、株式の自己信託を活用した贈与と経営権確保の施策を簡単に紹介しました。
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