家族信託への大誤解

近年、テレビ・新聞・雑誌等で「家族信託」の話題が多く取り上げられるようになり、「家族信託」という言葉や仕組みが、広く認識されるようになりました。これに伴い、様々な誤解とそれに伴う問題が増えてきています。

一般の方は勿論、専門職であっても間違った理解をしている方もいますので、家族信託の相談の現場から見た誤解の数々をご紹介します。

 

認知症なら信託契約はできない?!

信託契約は、親と子の「契約」ですので、当然両者がその契約の意味・効果等をきちんと理解できないと有効な契約を締結できません。そのため、「認知症と診断された父親と家族信託が組めますか?」というお問合せは非常に多いです。

「認知症」と一口にいっても、その症状や本人の理解力・記憶力には大きな個人差があります。つまり、「認知症」と診断されているということは本質的に重要なことではなく、老親自身が実際にどの程度の理解力を持っているか、それに尽きると言えます。具体的には、自分にどんな財産があり、それを誰に管理を託して、どんなことを実現したいか、という大枠の理解がきちんとできていれば、信託契約の締結ができる可能性が高くなるでしょう。

 

 

信託契約は私文書で十分?!

信託契約は、私文書(ワード等で作成した文書に契約当事者が署名押印したもの)でも法的には有効ですが、小生が関わった案件では、原則として公正証書で作成して頂いております。

なぜなら、長期にわたる老親の財産管理の仕組みであり、信託の設計次第では世代をまたいで何十年と継続することもあり得る信託契約であること、信託契約締結の経緯や意図を確認しようにも将来的には契約当事者である老親は認知症になっている、もしくは亡くなっている可能性が高いこと、信託契約の中で遺言の機能を持たせることができ、1次相続だけでなく2次相続以降の資産承継者の指定ができること、などの理由が挙げられます。

私文書では、原本を後日紛失して法的に不安定な事態に陥るリスクがあり、場合によっては、利害関係人から老親の契約意思や理解についての信憑性、信託契約の成立の有効性を疑われることもあります。そこで、公証人の面前で老親と子の契約当事者双方が信託契約締結の意思をしっかりと表明し、信託契約公正証書を作成する工程を踏むことは、後々の安心に繋がると言えます(公正証書は紛失しても再発行が可能です)。

 

成年後見は使っちゃいけない制度?!

最近では、成年後見制度の利用者をめぐるトラブルやお困り事例がテレビや雑誌等で取り上げられているので、一般の方も成年後見制度の利用に関して警戒心を持つ方が増えています。ただ、ここで申し上げたいのは、成年後見制度自体は、悪い制度ではないということです。判断能力が低下・喪失した本人(被後見人)の権利・財産の保護という成年後見の制度主旨上、その運用の実務においてはやむを得ない部分もあります。

つまり、成年後見制度は、使うべき方とニーズによっては使うべきではない方がいるという理解をすべきです。老親の保有資産・家族構成を踏まえ、本人及びご家族の希望内容によっては、家族信託等の仕組みを活用し、後見制度を利用せずに本人を支える仕組みを構築することも必要です。

いまだに市役所等の福祉担当者や無料法律相談会での専門職の回答、銀行等の窓口対応では、「老親の判断能力が喪失したら、家庭裁判所で手続きをして成年後見制度を利用して下さい」という通り一篇の案内となり、老親及びそれを支える家族にとって最良の対策を取るきっかけを結果として奪っているのです。福祉関係者や弁護士・司法書士・税理士・行政書士等の法律専門職、銀行・証券の相談窓口の方々は、少なくとも成年後見制度の現状とその代替手段となり得る家族信託について、大まかにでも理解をしておくことは、大変大きな意義があると考えます。

 

家族信託は「信託口口座」を作らなければならない?!

家族信託で不動産や金銭を子が託されるケースが多いですが、託された金銭や託された不動産から得られる賃料収入の管理については、金融機関で信託口口座を作って管理しなければならないと勘違いしている専門職も多いです。そのため、地域の金融機関で信託口口座が開設できるところがないので、家族信託が進められないという話を聞くことありますが、全くナンセンスなお話です。

受託者は、自分の財産と老親から託された財産を分けて管理する義務があります(これを「分別管理義務」といいます)。反対に、分別して管理さえすれば、どのような管理をすべきかは受託者の裁量の範疇です。将来的には、各地域で家族信託に対応してくれる金融機関が増えてくる(ほとんどの金融機関が対応できるようになる)と思われますので、現段階では、分別管理の観点から、受託者の個人口座を新規で1、2個作成し(これを「信託専用口座」と呼んでいます)、その口座番号まで信託契約書に明記することでの対応で十分です。もちろん、信託専用口座については、受託者が先に死亡等すれば、いわゆる“口座凍結”するというリスクがあるため、その点も対策が必要です。

 

家族信託は、委託者と受託者の2名で検討する?!

家族信託は、財産を託す老親と管理を担う子の2者間の契約となりますが、二人だけで検討しても不十分です。

家族信託の検討は、老親の保有資産(不動産の場合は時価評価の把握も含め)や今後の収支予測(年金や賃料等の収入と生活費・施設利用料等の支出のバランス)を踏まえ、老親の想い・希望を家族全員で共有することから始めるべきです。

つまり、親が元気なうちに家族での話合いの場(これを「家族会議」と呼んでいます)を設け、その中で情報共有だけでなく親の想いを家族全員に伝えることで、親子間・兄弟姉妹間の誤解や疑心暗鬼、不公平感をなくす効果が非常に大きいです。結果として、家族信託を実行するかどうかは重要な問題ではなく、家族会議を開いて家族で親の老後とその先の資産承継について話し合うことこそ、安心の老後と円満円滑な資産承継に向けた最も重要な工程と言えるでしょう。

 

 

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